ラーゲリより愛を込めての実話はどこまで?山本幡男の死因や病気、遺書全文と南京虫・クロの真相を解説

この記事はプロモーションが含まれます。
1. シベリア抑留という「地獄」:いつの話で、何が起きたのか?

物語のスタートは1945年(昭和20年)、第二次世界大戦が終わった直後から始まります。
「戦争終わった!よっしゃ帰れる!」と思った矢先に、旧ソ連のスターリンによって、約60万人もの日本人が不当に拘束されちゃったわけです。
これ、今の時代ならSNSで即炎上、国際問題でサーバーダウンもんですよ。まーそのー、なんですな。当時の政治の闇は深すぎて、考えただけで脳がバグるレベルですわ。🧠💥
「音さえ凍る」極寒の世界
舞台となるシベリア、控えめに言って神……じゃなくて、控えめに言って地獄です。(白目)
冬季の気温はマイナス30度から、場所によってはマイナス40度以下。冷蔵庫の中で生活してるようなもんですよ。🍦
「寒い」なんて言葉じゃ足りない。鼻毛も思考も一瞬でダイヤモンドダストになるレベル。私の部屋のエアコンが18度なだけでガタガタ言ってるのが恥ずかしくなりますな。
飢えと寄生虫による精神的消耗
寒さだけでもお腹いっぱいなのに、追い打ちをかけるのが「飢え」と「虫」!🦟
- 黒パンと塩汁: 1日の食事はカッチカチの黒パンと、野草が浮いてるだけの薄いスープ。私の深夜の夜食のカップラーメンの方が1億倍豪華ですよ。栄養失調で倒れる人が続出したって、そりゃそうですよ。人間、腹が減ったら心まで痩せちゃいますからね。🥖🥣
- 南京虫(トコジラミ)の襲来: 夏は夏で地獄。壁の隙間から南京虫がワラワラ出てきて、寝てる間に襲ってくるんです。痒すぎて眠れない、重労働で疲れてるのに精神が削られる。「何の時間だよこれ」って叫びたくなりますよ、絶対に。不眠不休で強制労働とか、拷問以外の何物でもないでしょ!🦟🚫
2. 山本幡男の生涯:絶望を「文化」で跳ね返した男

そんな地獄に舞い降りた天使、いやインテリの星が山本幡男さんです。1908年に島根県で生まれて、東京外国語学校(今の東外大)でロシア語を学んだ超エリート!ロシア文学を愛する青年だったんですな。📖✨
「ダモイ(帰国)」の希望を捨てなかった理由
山本さんの凄いところは、どんな逆境でも「人間としての尊厳」を捨てなかったこと。
「生きる希望を捨ててはいけません。ダモイの日は必ず来る。思考を停止させることは、人間であることをやめることです。」なんて、私なら「もう無理、寝るわ」ってなるところを、彼は仲間を鼓舞し続けたんですよ。かっこよすぎかよ。😭
収容所の中で俳句会「アムール句会」を開いたり、野球大会をしたり。紙も鉛筆もないのに言葉を紡ぐ。これこそが最強のメンタル、精神的抵抗ですよ。Wi-Fiが繋がらないだけでイライラしてる自分にドロップキックしたい気分ですわ。⚾📝

山本幡男さんの本当の死因
ここからは涙なしには語れません。映画でも描かれますが、山本さんの死因は「喉頭がん(喉の癌)」。長年の劣悪な環境が体を蝕んでいたんですね。
喉の激痛、薬もない、医療設備もないラーゲリの病院。これ、事実上の死刑宣告ですよ。そんな状況で家族への想いを綴るなんて、どれだけの執念なんですか。そんなんアリ?っていうね、人間の底力に震えますよ。震えすぎてコーヒーこぼしましたわ。(泣)
3. 【遺書全文の精神】暗記という「比類なき方法」で届いた言葉
ここからはネタバレも含みますよ!注意! 🚨
山本さんが死の間際に書いた遺書は、なんと4,500文字。ブログ記事並みのボリュームですよ!でも、ラーゲリは検閲が厳しくて、文字を書いた紙なんて持ち出そうとしたら即ボッシュート。🔥

そこで仲間たちがとった作戦が、「暗記」。え、嘘でしょ?って思うじゃないですか。
4通の遺書に込められたメッセージ
仲間たちが手分けして、この膨大な文章を脳に刻み込んだんです。私の物忘れの激しさ(昨日の昼飯すら怪しい)とは次元が違いますよ。🧠💾
- ①「お母さま!」: 先に死ぬ親不孝を詫びつつ、「あと10年、孫のために生きて」と励ます。息子に先立たれる母の気持ちを想うと、もう胸が締め付けられて呼吸困難ですよ。👵💓
- ②「妻よ!」: 妻・モジミさんに「妻よよくやった!実によくやった」と讃える。4人の子を一人で育てた妻への最大級のリスペクトですよ。「君と子供たちの幸福を思えば満足して死ねる」なんて、一度でいいから言ってみたいし言われてみたい!愛の深さがマリアナ海溝より深い!🌊👩
- ③「子供たちへ」: 「最後に勝つものは道義であり、誠であり、まごころである。」 この言葉、全人類の教科書に載せるべきでしょ。出世なんてどうでもいい、自分を磨けという教え。心にもグサグサ刺さりますわ。🏹👦
- ④「遺家族の皆さんへ」:どうか皆さん!幸福に暮らしてください。これが一番重要な遺言ですと・・・
12年、そして33年。記憶が繋いだリレー
帰国後、仲間たちは遺族を訪ねて、記憶を「再生」したんです。驚くべきことに、後で見つかった直筆ノートと、暗記の内容がほぼ一致してたとか。クセがすごい!レベルの再現度ですよ。
最後の一人が届け終えたのが、なんと33年後の1987年。33年ですよ!?生まれた赤ん坊が三十路になるまで、ずっと言葉を守り続けた。友情の賞味期限が長すぎて、もう何て言っていいか……言葉になりませんな。

4. ラーゲリ犬「クロ」の実話:氷海を越えた絆
これ、映画の演出かと思いきや、実話なんですよ!1956年、最後の引き揚げ船「興安丸」が出る時、港にクロが取り残されそうになったんです。🚢🐕
クロは凍った海に飛び込んで、流氷を飛び越えて船を追ってきた。映画館で「クローーー!」って叫びそうになったのは私だけじゃないはず。
極寒の海なんて、人間なら数分で心臓止まりますよ。でも、クロは泳ぎきった。仲間たちが必死に引き上げて、無事に日本へ。これ、実話ですよ? 人間不信になりそうな極限状態で、クロの存在だけが癒やしだった。動物の「無償の愛」に勝てるものなんて、この世にありませんな。U^ェ^U🐾

5. 辺見じゅんが掘り起こした「記憶の物語」
この奇跡を世に出してくれたのが、作家の辺見じゅん氏。モジミさんの新聞投稿を見つけて、元抑留者を一人ずつ訪ね歩いた執念の取材!
当時、ソ連に行くのも大変だったはずなのに、よくぞ掘り起こしてくれました。彼女がいなければ、この「日本人の誇り」は雪の中に埋もれたままだった。彼女の功績はデカい。ペンは剣よりも強し、そして記憶は凍土よりも固し、ですな。🖋️🔥
【ヨフカシの深夜の豆知識】
実はこの映画、二宮和也さんの徹底した役作りも凄いんです。シベリアの寒さを出すために、実際に極寒の地でロケを行い、山本さんの衰弱ぶりを出すために体重管理もハンパなかったとか。🎥
あと、あの「クロ」を演じたわんちゃん、演技が上手すぎて撮影現場のスタッフも全員メロメロだったらしいですよ。まさに名俳優犬!
NEW
NEWヨフカシの格言
「Wi-Fiがなくても、愛は同期(シンクロ)できる。」

まとめ
おすすめ度:★★★★★(星5つじゃ足りない、銀河系レベル!)
いやー、泣きすぎて目が腫れて、明日の仕事はグラサン必須ですわ。(笑)
山本さんの残した「道義・誠・まごころ」。令和のSNS時代だからこそ、この「不屈のバトン」を我々も受け取らなきゃいけませんな。
さて、もう一本…と言いたいところだけど、今日はこの感動を噛み締めながら寝るとしますかね。🥱🌙