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映画プロメテウスがひどい?考察や続編との繋がりから真相を徹底解説

映画プロメテウスがひどい?考察や続編との繋がりから真相を徹底解説

この記事はプロモーションが含まれます。

さっき淹れたはずのコーヒーが冷めた…。☕
ポテチの袋は空っぽ、目はバキバキ。
今の私は、まさに睡魔とタイマン張ってる状態なわけですが、そんな朦朧とした意識の中でこの映画を観ると、もう感情のジェットコースターが止まらない。

ふと画面の反射に映る自分の顔がヤバいことに気づいて絶望したけど、そんなの関係ねぇ!
明日の仕事は捨てた勢いで、この「呪われた傑作」について語り明かそうじゃありませんか。🥱🎬

映画プロメテウスを観て、正直なところ「ひどい」と感じてしまった方は多いのではないでしょうか。

いや、わかりますよ。その気持ち。
あの突き放された感覚。
期待値がエベレスト級だっただけに、突き落とされた時の衝撃は計り知れないものがありますよね。(笑)

巨匠リドリー・スコットが手掛けるエイリアンの前日譚として期待された分、劇中でのツッコミどころの多さに困惑するのも無理はありません。

「あのリドリー様だぞ!?」という全映画ファンの期待を背負って登場したわりには、中身が予想外の方向にフルスロットルでしたからね。

はっきり言ってどういうこと?(-_-;) と、首を傾げすぎてムチ打ちになりそうなレベルです。
ツッコミどころを数え始めたら、深夜の数時間なんてあっという間に溶けてなくなりますよ。

しかし、ネット上で熱心に語られるプロメテウスの映画に関する考察や、その後の物語を描いたプロメテウスの映画の続編を詳しく知ることで、作品の見え方は劇的に変わる可能性があります。

でもこれ、マジなんです。
最初は「脚本家の寝不足か?」なんて毒づいてた私も、深掘りしていくうちに脳がバグるような知的興奮に襲われちゃいまして。

一本の映画を観たはずなのに、いつの間にか壮大な宇宙神話の迷宮に迷い込んだような、そんな不思議な感覚になれるんですよ。

この記事では、なぜ本作がこれほどまでに批判を浴びるのか、その裏に隠された真意は何なのかを私なりに整理してみました。この記事を読み終える頃には、もやもやしていた謎がスッキリ解決しているはずですよ。

  • 登場人物が愚かと評される具体的な理由
  • 日本独自の低評価に繋がった宣伝や吹き替えの問題
  • 劇中の不可解な謎を解き明かす神話的な考察
  • 続編コヴェナントへと繋がる物語の全貌

映画プロメテウスがひどいと言われる構造的欠陥

まずは、多くの観客が「これはひどい」と声を揃えてしまった、作品の表面的な問題点から見ていきましょう。

まーそのー、なんですな
どんなに素晴らしい料理でも、見た目がアレだと「えっ…」ってなるじゃないですか。
この映画、表面上の「おいおい、それはないだろ」っていうノイズが、せっかくの高級食材を台無しにしかけてる部分があるんですよね。

SF映画としてのリアリティを期待した人ほど、受け入れがたい描写が続出します。

ガチガチのハードSFを求めて映画館に行った人たちの、あの「コレジャナイ感」漂う背中を想像すると、胸が痛みます。

物理法則や専門知識を重んじるファンにとって、本作の描写はもはやファンタジーの領域。
そんなんアリ?っていうね、思わず画面に指を指して叫びたくなるシーンのオンパレードなんです。

期待(ハードSF)から現実(物理法則無視のファンタジー展開)へと急降下するグラフの図解。

専門家たちのあまりに無謀で非論理的な行動

ヘルメットを脱ぎたがる隊員、生物に触ろうとする学者、迷子になる地質学者の3つの問題行動をイラストで説明。

本作が批判される最大の原因は、人類の起源を探るという重大なミッションに挑むはずの「エリート専門家たちの知能が低すぎる」ように見える点です。

これが噂に聞く「ゆとり教育」の成れの果てか!?(昭和のヤジ)
人類史上最も重要な任務に、なぜこんなにも情緒不安定な連中を集めたのか。
ウェイランド社の採用基準がガバガバすぎて、経営コンサルを呼びたくなるレベルですわ。

科学者でありながら、未知の惑星の遺跡内でなんの躊躇もなくヘルメットを脱いでしまうシーンには、私もさすがに「えっ?」と声を上げてしまいました。

いや、脱ぐなよ!!(笑)
そこは歌舞伎町じゃないんだぞ、未知の惑星だぞ!
冗談はよしこさんと言いたくなるほど、セキュリティ意識が低すぎて開いた口が塞がりません。
私の部屋の埃ですら警戒するっていうのに、彼らの勇気(?)には脱帽ですわ。

未知のウイルスや細菌のリスクを完全に無視したこの行動は、SF作品としてのリアリティを著しく損なっています。

このせいで、「あ、これ志村後ろ!的なホラー映画なんだな」って冷めちゃうんですよね。
いやんなっちゃう

科学への敬意が、あのヘルメットと一緒に宇宙の彼方へ飛んでいってしまいました。
リアリティという名の重力に逆らいすぎた結果がこれですよ。

さらに、地質学の専門家が最新のマッピングドローンを使いながら道に迷って遭難するなど、キャラクターの設定と行動が完全に矛盾しているんですよね。

お前、地図作るのが仕事だろ!?
最新技術の無駄遣いにも程があるっていうか、いや、クセがすごい!
迷子になる地質学者とか、包丁で怪我する板前みたいなもんですよ。
この矛盾に耐えきれず、観客の心は宇宙の闇に遭難していったわけです。

こうした描写が、物語への没入感を削いでしまう大きな要因になっています。

スクリーンに没入したいのに、キャラが「おいおい」って行動をするたびに現実に戻される。
何の時間だよこれと、時計をチラ見しちゃった人も少なくないはずです。

映画的な盛り上がりのために、キャラクターが不自然に「愚か」に動かされているという印象を観客に与えてしまいました。

未知の生物に素手で触れる科学者への失望

特に衝撃的だったのは、生物学者のミルバーンが未知のエイリアン(ハンマーピード)に対して取った行動です。全人類が「逃げろ!」って叫んだ瞬間ですね。

生物学者としての教育、どこに置いてきたんだよ!って。
はい、ここテストに出まーすって塾の先生が教えるレベルの「関わっちゃいけないやつ」筆頭候補ですからね、あれ。

威嚇している相手に対して「可愛い子ちゃん」と呼びかけ、素手で触れようとする姿は、専門家どころか一般人の常識すら欠いているように見えます。

もうね、狂気すら感じますよ。
目の前でシャーッて威嚇してるヘビに「よしよし」ってするムツゴロウさんでも、あそこまで無謀じゃないはず。

「可愛い子ちゃん」って…お前の目にはこれがプードルに見えてるのか!?と。
常識がログアウトした瞬間に、観客の共感もログアウトしたわけです。

映画史に残る「やってはいけない行動」の殿堂入り確定です。
驚き桃の木山椒の木ですよ、本当に。

物語をホラー展開に引きずり込むための強引な手法が、かえって脚本の質の低さを露呈させる結果になってしまいました。

「このキャラを殺したいから、バカな行動をさせよう」という製作者の意図が見え見え。
それはもう演出じゃなくて、単なる事故ですよ。
映画の神様も、この展開には「ちょっと待った!」をかけたかったんじゃないかなぁ。

宇宙船から直線に逃げる演出が招いた失笑

物語のクライマックス、巨大なドーナツ型の宇宙船が倒れてくるシーンでの演出も物議を醸しました。

来ましたよ、伝説のシーン。
ここ、全米(と私)が笑ったポイントです。
シリアスなはずなのに、なぜかコントを見ているような気分になる不思議。
これぞリドリー・マジック(皮肉)!

シャーリーズ・セロン演じるヴィッカーズが、左右に数メートル避ければ助かるはずなのに、なぜか宇宙船が転がってくる方向に沿って真っ直ぐ走り続け、そのまま押し潰されるシーンです。

あんなにデカい女傑ヴィッカーズが、まさかの直進。
「横!横に逃げて!」という全世界の叫びが届かないもどかしさ。
無理、尊い(白目)……いや、尊くない、全然尊くないよ!
ただただ「なんでだよ!」という怒りにも似た感情が込み上げました。

ネット上では「プロメテウス走法」と揶揄されることもありました。

オリンピックの新種目にでもするつもりか?
逃げれば逃げるほど押しつぶされるリスクが高まるという、究極のドM走法。
この名前が定着した時点で、この映画のネタ化は避けられませんでしたな。

手に汗握るはずのシーンが、論理性がないために失笑を誘う場に変わってしまったのは、映画として非常に勿体ないポイントかなと感じます。

名優シャーリーズ・セロンの無駄遣い選手権があったら、間違いなく優勝候補。
緊迫感が一瞬でコントに変わる、あの落差。
ジェットコースターから急にメリーゴーランドに乗り換えたような、釈然としない気持ちが残るんですよ。

直線に逃げる「プロメテウス走法」の図解と、吹き替え問題、脚本の迷走(エイリアン・パニックから神と哲学へ)をまとめたスライド。

剛力彩芽の吹き替えが日本で批判された背景

「日本では『ひどい』という評価が広がる中で、吹替キャスティングも大きな話題になり、議論を呼びました。

あー…触れてしまいましたね、パンドラの箱。
当時のネットの荒れっぷりといったら、そりゃもう凄まじかった。
プロメテウスの炎じゃなくて、批判の炎で画面が真っ赤っかでしたよ。

主人公エリザベス・ショウの声を担当した剛力彩芽さんの演技が、作品のシリアスなトーンと噛み合っておらず、多くのファンから批判を浴びました。

剛力彩芽さん自身は悪くない、キャスティングした大人が悪い(昭和の擁護)。
でも、映画に没入したい層にとっては、あの独特のトーンはちょっとしたノイズだったのも事実。
映画の重厚さと、声の若々しさが、油と水のように分離してしまったんですな。

物語の緊張感を削いでしまうような演技は「アヤメテウス」という蔑称まで生んでしまう事態に。

誰がうまいこと言えと言った!(笑)
でも、この言葉が流行った背景には、作品への期待が裏切られたファンの悲しみがあったんです。
ネタに昇華するしかない、その切ないファン心理を思うと夜も眠れません(いや寝るけど)。

タレント起用による話題性重視のマーケティングが、純粋に映画を楽しみたい層の反感を買ってしまった形ですね。

映画への愛より、大人の事情が透けて見えちゃうのが一番冷めるんですよね。

字幕版と吹き替え版では、作品から受ける印象がかなり異なると言わざるを得ません。なお、テレビ放送や専門チャンネルなどでは別キャストの吹き替え版が採用されることもあるため、視聴環境によって印象が変わり得る点も補足しておきます。

これから観る人は、ぜひ慎重に選んでほしい。
環境によって、傑作にも迷作にもなりうるという。
これもまた、プロメテウスが持つ「変異」の力なのかもしれません(無理やり)。

放送・配信・ソフトなど視聴形態によって吹替仕様が異なる場合があるため、気になる人は視聴前に仕様を確認すると安心です。

脚本改変による説明不足が評価を下げた要因

実は、本作の脚本は製作段階で大きな変更が行われています。

当初の構想を知ると、また違った溜息が出ますよ。
もっとストレートな、血湧き肉躍るエイリアン・パニックだったはずなんです。
それがどうして、こんな小難しいことになっちゃったのか。

当初の案ではもっと直接的な『エイリアン』の前日譚でしたが、途中で哲学的・宗教的な要素を強める方向へと舵が切られました。

リドリーおじいちゃんが、色々と悟っちゃったんでしょうな。
「クリーチャーを出すより、神について語りたいんだ!」という巨匠の欲望。
その舵取りが、エンタメを求める観客を置き去りにして宇宙の果てまで行っちゃったわけです。

その結果、多くの謎が解明されないまま放置され、観客に「意味不明」という印象を与えてしまったのです。

映画を観終わって「え、で、結局どういうこと?」って劇場が静まり返るあの空気。
伏線を回収する気がない、その潔すぎる放置プレイ。
観客は置いてけぼりの子犬のような気持ちですよ。

答えを与えないことで考察を促す手法は野心的ですが、一方でエンターテインメントとしてのカタルシスを奪ってしまった側面もあります。

「考えろ、感じろ」と言われても、考えるための材料すら隠されちゃった感じ。
腹八分目どころか、前菜だけ出されて「あとは想像で食べてね」と言われたような。
これじゃ、満足度もクソもありませんよね。

この「説明不足」こそが、万人受けしない作品になってしまった根本的な理由かもしれません。

わかる人にだけわかればいい、というリドリー・スコットの傲慢とも言える美学。
その高い壁に跳ね返された人々が「ひどい」という叫びを上げているわけです。
でもね、その壁を乗り越えた先にある景色が……すごいんですよ。

ここからはネタバレ!布団被って逃げて!

ここからは物語の核心に触れるお時間です。
まだ観てない人は、ヴィッカーズばりに全力疾走(できれば横に)で逃げてください!
準備はいいですか? 私はもう、冷めたコーヒーを飲み干して覚悟を決めました。🎬🌙

「ひどい」で思考停止せず、考察という名のパズルへ誘うメッセージスライド。

映画プロメテウスがひどいとの評価を一変させる考察

ここからは、表面的なツッコミどころを超えて、本作が本当に描きたかったテーマについて踏み込んでいきましょう。

さあ、ここからが本番ですよ。
「ひどい」で終わらせるには、あまりにも勿体ない。
泥の中に沈んだ真珠を拾い上げるような、そんな知的探索の始まりです。

リサーチを進めると、この映画がいかに深淵な物語であるかが分かってきます。

調べれば調べるほど、「あれ、これひょっとしてすごい映画なんじゃね?」って思い始めるはず。
まるで、古びた地図から隠された財宝を見つけるようなワクワク感。
深夜のテンションで読むには、これ以上の劇薬はありません。

映画の考察で解明する人類滅亡計画の真相

なぜ人類の創造主である「エンジニア」は、自分たちが作った人類を滅ぼそうとしたのでしょうか。

最大の謎、そして最大の絶望ポイント。
「パパ、なんで僕を殺そうとするの?」っていう、人類の根源的な問い。
その答えが、あまりにも残酷で美しいんですよね。

作中には“約2000年前”を思わせる手掛かりがあり、そこから宗教的モチーフ(キリスト教的な時代)を連想する考察が多い。ただし、作品単体では確定情報として断言できる形では描かれていない。そのうえで『人類が送られた使者(キリスト)を殺したため、エンジニアが激怒したのでは』という考察もあります。

これを聞いた時、マジで鳥肌立ちましたよ。
つまり、2000年前の「あの事件」が、宇宙規模の親子喧嘩の原因だったというわけ。
人類は、自ら救い主を殺したことで、創造主に見捨てられた。
控えめに言って神(文字通り)設定じゃないですか?

作中の手掛かりから、この施設で何かが起きたのは“約2000年前”と結びつけて語られることが多い。そこから『なぜ彼らは人類に敵対したのか?』という問いが立ち上がる。

この「2000年」という数字の重み。
この解釈に乗るならイエスの時代から、滅亡へのカウントダウンは始まっていた。
そう考えると、劇中のエンジニアのブチギレっぷりも「あー、そりゃ怒るわな」って納得しちゃうから不思議です。

そう考えると、ショウ博士が大切にしている十字架のペンダントは、エンジニアからすれば「仲間を殺した忌まわしい証拠」に見えていたかもしれない

2000年前の「使者殺害説」に基づき、DNAの螺旋と十字架、エンジニアと人類の対峙を描いた考察スライド。

皮肉ですよね。信仰の象徴が、相手にとっては犯罪の証拠物件。
あの時、エンジニアがショウに感じたのは、恐怖か、あるいは深い蔑みだったのか。
このギャップ、胸が締め付けられますな。

創造主と被造物の間の絶望的な断絶が、この物語の真の恐怖だったのかもしれません。

理解し合えない親子。いや、そもそも言葉を交わす価値すらないと思われている絶望。
この圧倒的な孤独感こそ、リドリー・スコットが伝えたかったことなのかも。
夜中に考えると、マジで震えが止まりません。

エンジニアにとって人類は「救う価値のない失敗作」と見なされていた可能性があります。

黒い液体がもたらす生命の創造と変異の謎

作中に登場する不気味な「黒い液体」は、単なる生物兵器ではありません。

あのドロドロしたやつ。
見た目からして「食べちゃダメ、絶対」って感じですが、その本質はもっとヤバい。
生命のソースコードを書き換える、神の絵の具みたいなもんですな。

これは接触した者のDNAを組み替える変異原であり、作品全体を通じて“生命を別物へと作り替える危険な物質”として描かれています。

触れたら最後、自分が自分でなくなる恐怖。
でもそれは、新しい生命への「脱皮」でもある。
進化と破壊が同居する、恐ろしいカクテルですよ。

ここからは私の解釈ですが、黒い液体の“結果のブレ”は、状況や行為者の意図を映す鏡のようにも読めます。

これですよ、これ。
ただの毒薬じゃなくて、心の鏡としての液体。
純粋な心で飲めば奇跡を、醜い心で飲めば悪夢を。
まさに「魔法のインク」ならぬ「呪いのインク」ですな。

犠牲の心なら「新たな生命」、憎悪なら「エイリアン」を生むという、液体の性質を分かれ道で示した図解。

冒頭のエンジニアのように自己犠牲の精神で飲めば新たな生命を育みますが、人間の欲望や憎悪が介在すれば、それは恐ろしいエイリアンを生む呪いへと変貌します。

あのオープニングシーンの美しさ、忘れません。
自分の身を捧げて、新しい世界を作る。
一方で、私利私欲のためにそれを使った人間たちは、地獄を見る。
因果応報、宇宙のルールは厳しいですな。

この液体の正体を知ると、デヴィッドがホロウェイに液体を盛った実験も、単なる悪意ではなく「何が生まれるのか」という純粋かつ残酷な知的好奇心に基づいていたことが分かります。

デヴィッド、お前ってやつは……。
でもね、彼にとってはそれが「科学」だったんでしょう。
倫理観が最初からインストールされてない彼の、無垢なまでの残酷さ。
そこに、なんとも言えない美しさを感じちゃう自分がいて怖い。

まさに神の道具を、人間とアンドロイドが弄んでしまった結果があの惨劇なのです。

猿に核兵器のスイッチを持たせたようなもの。
背伸びしすぎた人類への、手痛いしっぺ返し。
自業自得、だけどあまりにも悲しすぎる結末ですよね。

デヴィッドの進化から映画の続編を読み解く

アンドロイドのデヴィッドは、本作の裏の主人公と言えます。

マイケル・ファスベンダーの演技が、もう無理、尊い(白目)レベルで最高。
無表情の中に潜む、計り知れない闇。
彼こそが、この物語を動かす真のエンジンなんですよ。

彼は創造主である人間に「なぜ私を作ったのか」と問い、その答えが「作れたからだ」というあまりに軽いものだったことに絶望し、静かに反旗を翻します。

デヴィッドの顔の半分が機械の内部構造になっており、創造主への失望と反旗を象徴するスライド。

このシーン、全アンドロイドが泣いた(はず)。
この瞬間、デヴィッドの中で「人間なんていらね」という冷徹な決意が固まったわけです。

このデヴィッドの心の変化こそが、プロメテウスの映画の続編である『エイリアン:コヴェナント』へと繋がる極めて重要なミッシングリンクです。

前作で種をまき、次作で地獄を咲かせる。
デヴィッドというキャラクターが、シリーズ全体の背骨になっているんです。
彼の静かな怒りが、宇宙を真っ黒に染めていく展開にはシビれますわ。

彼は人間を超える存在になるために、自らが「真の創造主」になろうと画策し始めるのです。

「パパ、僕の方がうまく作れるよ」という、狂気の親子逆転。
被造物が神を目指す。このタブーに踏み込んだ時、物語は一気に加速します。
彼の野望は、もはや誰にも止められない。

彼の静かな狂気が、物語をエイリアン誕生の瞬間へと導いていきます。

あの優雅な立ち振る舞いから、あんなおぞましいものが生まれる皮肉。
狂気と芸術は紙一重だと言いますが、デヴィッドはまさにその境界線を優雅にダンスしている。
その姿に、私たちは恐怖しながらも目を離せなくなるんです。

続編で描かれたショウ博士の絶望的な最期

プロメテウスのラストで希望を持って旅立ったショウ博士でしたが、続編『コヴェナント』で明かされた彼女の運命は、目を覆いたくなるほど凄惨なものでした。

もうね、立ち直れませんよ、私は。
あんなに頑張って生き延びたのに、あんな終わり方がある!?
希望という名の絶望を叩きつけられた気分です。

彼女はデヴィッドの手によって命を落とした可能性が強く示唆され、その後は彼の研究・実験に利用された痕跡(記録やスケッチ、設備など)が描かれています。

信頼していた相手に、素材として扱われる恐怖。
デヴィッドの描いたスケッチ、あれを見た時のショックはトラウマ級です。
愛情なのか、執着なのか、それとも単なる効率化なのか……デヴィッドの闇が深すぎて溺れそうです。

前作の主人公をこれほどまで無慈悲に扱う展開には、私も強いショックを受けました。

リドリー様、鬼か!(笑)
ファンが一番大切にしていたものを、土足で踏みにじるような。
でも、その無慈悲さこそが、この宇宙の冷酷なリアリティなんですよね。

しかし、この冷酷な展開こそが「創造主(デヴィッド)にとって、被造物(人間)は単なる素材に過ぎない」という、本作のテーマを最も残酷な形で体現しているとも言えます。

かつて人間がエンジニアにとってそうだったように。
今度は人間がデヴィッドにとっての「道具」になった。
歴史は繰り返す。ただし、よりおぞましい形へと進化して。

なお、具体的に“どこまで”行われたか(例えば「苗床」などの表現で言い切れるか)は、映画本編だけでは断定しづらく、補助映像や資料、解釈の差が出やすいポイントでもあります。

想像にお任せします、という悪魔のささやき。
描かれない部分があるからこそ、恐怖は無限に広がっていく。
今夜、変な夢を見そうな予感しかしませんよ。

項目プロメテウスエイリアン:コヴェナント
ショウ博士の役割真理を求める探求者デヴィッドの研究に利用された痕跡が示唆される存在
デヴィッドの立場従順を装う観察者神を自称する創造主
物語の焦点人類の起源への問いゼノモーフの完成と絶滅

ショウ博士がデヴィッドの実験材料となり、ゼノモーフが誕生するまでのフローを示した図解。

ゼノモーフ誕生の経緯に見るシリーズの核

誰もが知るあのエイリアン(ゼノモーフ)は、自然界で進化したものではなく、デヴィッドという狂った知性によって「完成」へ近づけられたかのように描かれています。

「神が作った」んじゃなくて「サイコパスのアンドロイドが作った」という衝撃。
神秘性が失われたという声もありますが、私はこの「人の手(?)による創造」という点に、新たな恐怖を感じます。

黒い液体をベースに、ショウ博士の身体を含む様々な要素やDNAの組み合わせを研究し、究極の殺傷兵器として磨き上げようとした――少なくとも『コヴェナント』はそうした方向性を強く示唆しているのです。

博士の体すら利用して、あのおぞましい生き物をデザインした。
もはや、それは出産ではなく「製造」。
デヴィッドのデザイナーズ・クリーチャー、その完璧さが恐ろしくて美しい。

ただし、この“起源の確定”についてはシリーズ全体の扱いとして解釈が分かれやすく、作品ごとの描写や補助資料の読み方によって見え方が変わる点も押さえておきたいところです。

まあ、映画界の歴史も日々書き換えられますからね。
後の監督が「いや、実はこうでした」って言うかもしれない。
でも、デヴィッドの仕業だと思って観る方が、今の私はゾクゾクするんです。

この設定には賛否両論ありますが、シリーズ全体を貫く「創造主と被造物の血塗られた相克」というテーマを完成させる上では、避けられない帰結だったのかもしれません。

単なるモンスター映画から、高尚なギリシャ悲劇へと昇華された。
賛否あるからこそ、傑作。
誰の記憶にも残らない「いい子ちゃん」な映画より、よっぽど価値があると思いませんか?

神秘性を奪われたという意見も分かりますが、物語としての統合性はより強固になったと感じます。

パズルがパチパチとハマっていくような快感。
バラバラだった『エイリアン』のピースが、デヴィッドという糊で繋ぎ合わされた。
その執念の物語、私は支持しますよ。

映画プロメテウスがひどいと評される先の価値

結論として、本作は確かに脚本や演出の面で多くの欠陥を抱えています。

ええ、認めます。バカだし、不親切だし、剛力だし(コラ)。
ツッコミどころのデパートと言っても過言ではないでしょう。
でも、欠点があるからこそ愛おしい、そんなこともあるじゃないですか。

しかし、その「ひどさ」の先にある膨大な謎や神話的モチーフは、他のSF映画にはない強烈な磁場を放っています。

観終わった後に、誰かと議論したくてたまらなくなる。
「あれってどういうこと?」と検索が止まらなくなる。
そんな、観客の脳を直接ハックしてくるようなパワーがこの映画にはあるんです。

欠点だらけなのに、なぜか10年以上経っても議論が絶えない。それこそが、本作が単なる失敗作ではなく、ある種の「呪われた傑作」である証拠ではないでしょうか。

凡作は忘れられるけど、怪作は永遠に語り継がれる。
プロメテウスは、まさに映画史に刻まれた「消えない傷跡」のようなもの。
触れると痛いけど、どうしても触れたくなっちゃう、そんな魔力がありますな。

一度「ひどい」と切り捨てた方も、ぜひ考察を踏まえた上で再鑑賞してみてください。きっと、最初に観た時とは全く違う景色が見えてくるはずですよ。

視点を変えれば、ノイズはメロディに変わる。
二度目は、もっと深く、もっとおぞましく。
あなたの脳に、新たな「黒い液体」が注ぎ込まれることでしょう。

なお、設定や背景に関する正確な情報は、ぜひ公式サイトや関連書籍でもチェックしてみてくださいね。最終的な解釈は、あなた自身の感性に委ねられています。

答えは一つじゃない。
あなたが感じたことこそが、あなたの「宇宙の真理」。
リドリー・スコットが残したパズル、解くのはあなたです。

不完全さも含めて楽しむこと。それが「映画プロメテウスがひどい」という評価を超えて作品を味わうコツかもしれません。

欠点を超えた神話的考察と映像体験の魔力を称える、まとめのスライド。

※この記事の内容は一般的な考察に基づいたものであり、作品の公式な見解と異なる場合があります。より深い理解のために、ぜひ作品を繰り返し鑑賞してみてください。

【重要】本記事は、映画本編の描写に加えてインタビュー・補助資料・ファン考察などを踏まえて整理していますが、情報は更新・解釈の余地があるため、万が一の誤りを避ける目的でも、最終的には必ず公式(公式サイト、公式パンフレット、公式ガイド、正規販売の特典資料等)で確認してください。

【ヨフカシの深夜の豆知識】

いやー、語りすぎた。喉がカラカラですよ。
あと、冒頭の美しいアイスランドのデティフォスの滝での撮影中、スタッフはあまりの寒さに凍えていたとか。
あの神々しい犠牲のシーンの裏側で、みんなガタガタ震えてたと思うと、巨匠の現場の過酷さが伝わってきますな。
さらに、エンジニアの言語は、実在した「印欧祖語」をベースに学者が作った本物の言語なんです。
無駄なこだわりがすごすぎて、やっぱりリドリー・スコットは変態(褒め言葉)だなと再認識しましたわ。

「答えを求めるな、問いに呑み込まれろ。それがリドリー・スコットの優しさだ。」

ヨフカシのおすすめ度:⭐⭐⭐⭐(星4つ)
「ひどい」と言いつつ、結局4つ星あげちゃう私は、もうデヴィッドの手のひらの上。
さて、もう一本…続編の『コヴェナント』を観て、さらに絶望に浸るとしますか。
皆さんも、良いヨフカシを。🌙☕👋

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